先輩ママの体験談
良かれと娘を想う母心
娘の明るい未来を夢見て、
小さい頃から何かと口をだし、
習い事などたくさんの経験をさせてきました。
しかし、ある日ぱたりと学校へ行けなくなった、
娘の表情は固く、目は死んでいました。
そんな娘を目の当たりにしても、娘の気持ちのわからない私は、
普通じゃなくなった娘への怒り、
なぜ私だけがこんな目に遭うのかという戸惑いと焦りで、
眠れない日々を過ごし、
寝不足から頭がますます混乱して辛かった。
すべては、娘が学校へ行かないからだと、娘が憎くて仕方なかった。
でも、私は、今、娘が大好きです。
小さい頃から何かと口をだし、
習い事などたくさんの経験をさせてきました。
しかし、ある日ぱたりと学校へ行けなくなった、
娘の表情は固く、目は死んでいました。
そんな娘を目の当たりにしても、娘の気持ちのわからない私は、
普通じゃなくなった娘への怒り、
なぜ私だけがこんな目に遭うのかという戸惑いと焦りで、
眠れない日々を過ごし、
寝不足から頭がますます混乱して辛かった。
すべては、娘が学校へ行かないからだと、娘が憎くて仕方なかった。
でも、私は、今、娘が大好きです。
どんどん状況は悪化する
小学校の頃の私は、何かと口やかましく、学校や習い事は、相当な理由がないと休ませない厳しい母でした。
中学校に入り、娘は体調不良を訴え、仕事へ行かないでほしいと言いましたが、
私は、心配しつつもそれを見ないようにして仕事へ行きました。
そうしているうちに、中2で完全不登校となり、
娘は、私がそばにいないと不安で不安で、買い物にも行ってほしくないほど、弱っていました。
そんな状況でも、私は娘の辛い気持ちは分からず、
なんらかの体調不良であるから、それを治せば学校へ行けると思い、
必死に治そうと病院へ連れ歩きました。
学校にもなんとか行かせなければと、先生と密に連絡を取っていましたが、
状況は悪化するばかり。
地域のスクールカウンセラーにも何度か相談に行きましたが、
服薬を勧めてきたり、
話したことが学校に筒抜けで信頼関係も崩れ、行かなくなりました。
どんどん娘の束縛がきつくなり、日々の生活が窮屈になった私は、
焦りと不安で押しつぶされそうでした。
中学校に入り、娘は体調不良を訴え、仕事へ行かないでほしいと言いましたが、
私は、心配しつつもそれを見ないようにして仕事へ行きました。
そうしているうちに、中2で完全不登校となり、
娘は、私がそばにいないと不安で不安で、買い物にも行ってほしくないほど、弱っていました。
そんな状況でも、私は娘の辛い気持ちは分からず、
なんらかの体調不良であるから、それを治せば学校へ行けると思い、
必死に治そうと病院へ連れ歩きました。
学校にもなんとか行かせなければと、先生と密に連絡を取っていましたが、
状況は悪化するばかり。
地域のスクールカウンセラーにも何度か相談に行きましたが、
服薬を勧めてきたり、
話したことが学校に筒抜けで信頼関係も崩れ、行かなくなりました。
どんどん娘の束縛がきつくなり、日々の生活が窮屈になった私は、
焦りと不安で押しつぶされそうでした。
ターニングポイント
中3の頃、学校の家庭科の先生が
『なんとかどうにかして連れてきて連れてきてくれさえしたら、、、』
などと軽く話してきたことに、
それができたらこんな思いしていない、と大きな悲しみを感じました。
何が私にとって大事なのだろう、、、と自問自答すると、
無理して登校するより笑顔の娘がいい
心からそう思う私がいました。
この時、学校に通うことへの執着が薄れ、
パァッと何か周りが明るくなった気がして、
それが私のターニングポイントだった気がします。
『なんとかどうにかして連れてきて連れてきてくれさえしたら、、、』
などと軽く話してきたことに、
それができたらこんな思いしていない、と大きな悲しみを感じました。
何が私にとって大事なのだろう、、、と自問自答すると、
無理して登校するより笑顔の娘がいい
心からそう思う私がいました。
この時、学校に通うことへの執着が薄れ、
パァッと何か周りが明るくなった気がして、
それが私のターニングポイントだった気がします。
自分の行動や考え方にも、原因があるのではないかと気づく
中学卒業を控え、高校入学が決まり、
この先順調に行けるかと思っていた矢先、
娘は高校のプレ登校に行くことができず、高校にも通えないのではという不安に襲われました。
なんとかしなきゃ、ともがいた時に、ファミラボに出会いました。
ファミラボの傾聴勉強会に参加、母親ノート法を始めて、
自分の発する不要な言葉がいかに多いのか、ということに愕然としました。
これではいけないと一念発起し、コミュニケーションの勉強を進めて色々な知識を得ました。
学んでいくうちに、
娘の行動の原因が、自分の行動や考え方にもあったんだ、
ということが分かり、
すぐには改善に至りませんが、
腑に落ちたのか、とても穏やかに生活できるようになり、
子どもへの愛情が少しずつ戻ってきました。
高校は私立の通信制高校に進み、入学後、再び学校への足が止まってしまったのですが、
ファミラボの仲間との交流や学びに助けられ、中学の頃とは私の心構えも違うものとなりました。
無理解だと思っていた夫とも、高校との話し合いに同席してくれたことをきっかけに、
子どものことで困っていることを話せるようになりました。
この先順調に行けるかと思っていた矢先、
娘は高校のプレ登校に行くことができず、高校にも通えないのではという不安に襲われました。
なんとかしなきゃ、ともがいた時に、ファミラボに出会いました。
ファミラボの傾聴勉強会に参加、母親ノート法を始めて、
自分の発する不要な言葉がいかに多いのか、ということに愕然としました。
これではいけないと一念発起し、コミュニケーションの勉強を進めて色々な知識を得ました。
学んでいくうちに、
娘の行動の原因が、自分の行動や考え方にもあったんだ、
ということが分かり、
すぐには改善に至りませんが、
腑に落ちたのか、とても穏やかに生活できるようになり、
子どもへの愛情が少しずつ戻ってきました。
高校は私立の通信制高校に進み、入学後、再び学校への足が止まってしまったのですが、
ファミラボの仲間との交流や学びに助けられ、中学の頃とは私の心構えも違うものとなりました。
無理解だと思っていた夫とも、高校との話し合いに同席してくれたことをきっかけに、
子どものことで困っていることを話せるようになりました。
不登校を経験して
不登校は、経験したくなかったと思います。
でも、娘は、生きづらさを、おそらく小さい頃から感じていたと思うので、
どこかで壁にぶつかったのだろうと推測できます。
とすると「今」でよかったと思っています。
現在、娘は、高校を卒業しアルバイトを始めました。
初めて娘がバイトに出かけた時、
家に一人であることが数年ぶりのことで、
なんともいえない開放感は忘れられません(笑)
長年、妻として、母としてしか生きていなく、
自分のことは後回し、それが美徳、
という時代錯誤な感覚だった私ですが、
これまでの経験を通して、
自分の行動に責任の持てる大人、
子どもと私は別の人間、
という当たり前のことが当たり前であるように生きていきたい、
それが今の目標となりました。
でも、娘は、生きづらさを、おそらく小さい頃から感じていたと思うので、
どこかで壁にぶつかったのだろうと推測できます。
とすると「今」でよかったと思っています。
現在、娘は、高校を卒業しアルバイトを始めました。
初めて娘がバイトに出かけた時、
家に一人であることが数年ぶりのことで、
なんともいえない開放感は忘れられません(笑)
長年、妻として、母としてしか生きていなく、
自分のことは後回し、それが美徳、
という時代錯誤な感覚だった私ですが、
これまでの経験を通して、
自分の行動に責任の持てる大人、
子どもと私は別の人間、
という当たり前のことが当たり前であるように生きていきたい、
それが今の目標となりました。
