先輩ママの体験談
自分を知っていくこと
ファミラボのことを知ったのは、
先に傾聴やコミュニケーションの勉強していた友達からでした。
初めは、自分の勉強としていいな、くらいに思っていました。
その後、子どもが学校に行かないことが普通になり、
私にも参加資格があるよね、と傾聴勉強会に参加を決めました。
先に傾聴やコミュニケーションの勉強していた友達からでした。
初めは、自分の勉強としていいな、くらいに思っていました。
その後、子どもが学校に行かないことが普通になり、
私にも参加資格があるよね、と傾聴勉強会に参加を決めました。
不登校の初期
小学校にあがるとほどなくして、不登校になりました。
付き添いで短時間でも学校に行っていた時期は、期待がありましたが、そのうち放課後登校に。。。
行事がある度に、それを喜ぶことが叶わず、周りがキラキラして見えて本当に辛かった。
取り残された孤独感でいっぱいでした。
特に、1年生の運動会では、会場まで家族と一緒に行きましたが、
本人が出たくない、と言い出し、夫が子どもを連れて帰宅。
私だけ近くのスーパーの駐輪場にいて、遠くから聞こえる運動会の音楽に、
ただただ悲しくて涙を流していました。
付き添いで短時間でも学校に行っていた時期は、期待がありましたが、そのうち放課後登校に。。。
行事がある度に、それを喜ぶことが叶わず、周りがキラキラして見えて本当に辛かった。
取り残された孤独感でいっぱいでした。
特に、1年生の運動会では、会場まで家族と一緒に行きましたが、
本人が出たくない、と言い出し、夫が子どもを連れて帰宅。
私だけ近くのスーパーの駐輪場にいて、遠くから聞こえる運動会の音楽に、
ただただ悲しくて涙を流していました。
辛いこと、悲しいこととして、受け入れること
2年生にあがると、また短時間の付き添い登校が一時期あり、
まだうっすら希望を持っていました。
しかし、秋にぱったりと行かなくなった時には、復学への諦めがついていました。
秋の運動会の時も全く悲しくありませんでした。
こう思えたのも、子どもが1年生の夏、はじめて傾聴勉強会に参加した頃から、
徐々に意識が変化していったからだと思います。
傾聴では、自分では大したことではないつもりでいたのに、
「それはしんどいなぁ」
と言ってもらい、涙が湧きでてきたのを覚えています。
そこは、
これは辛いことなんだ、悲しくて当たり前なんだ、それを認めてもいいんだよ
という雰囲気に包まれ、とても温かい場でした。
私はこの時に初めて、
”不登校の子どもがいる親”という現実と、直面したように思います。
まだうっすら希望を持っていました。
しかし、秋にぱったりと行かなくなった時には、復学への諦めがついていました。
秋の運動会の時も全く悲しくありませんでした。
こう思えたのも、子どもが1年生の夏、はじめて傾聴勉強会に参加した頃から、
徐々に意識が変化していったからだと思います。
傾聴では、自分では大したことではないつもりでいたのに、
「それはしんどいなぁ」
と言ってもらい、涙が湧きでてきたのを覚えています。
そこは、
これは辛いことなんだ、悲しくて当たり前なんだ、それを認めてもいいんだよ
という雰囲気に包まれ、とても温かい場でした。
私はこの時に初めて、
”不登校の子どもがいる親”という現実と、直面したように思います。
学校のこと
先生とはこまめに連絡をとって対応を相談していましたが、
子どもが全く行かなくなってからは、こちらの気持ちも疎遠になりました。
スクールカウンセラーは、最初の頃は話を聞いてもらうのが助けになりましたが、
聞く以上のことはしてもらえないので、1年で辞めました。
給食は、もしかしたら行くかも、と半年間止められずにいましたが、
いざ止める手続きをしたら、単発の登校時に給食を食べることはできると教えてもらい、
もっと早く学校から教えて欲しかったと、がっかり。
テストは、お金が勿体ないという気持ちで年度始めに止めたかったのですが、
夫と意見が合わず、試験用紙を貰って溜まっています。
PTAは、一回はお役に立とうと思ってやりましたが、
あとから「子どもが行けてないのだから、頑張らなくてもよかったな」と、なんとも言えない複雑な思いがありました。
その後も、PTA会費は一応払っている状態です。
子どもが全く行かなくなってからは、こちらの気持ちも疎遠になりました。
スクールカウンセラーは、最初の頃は話を聞いてもらうのが助けになりましたが、
聞く以上のことはしてもらえないので、1年で辞めました。
給食は、もしかしたら行くかも、と半年間止められずにいましたが、
いざ止める手続きをしたら、単発の登校時に給食を食べることはできると教えてもらい、
もっと早く学校から教えて欲しかったと、がっかり。
テストは、お金が勿体ないという気持ちで年度始めに止めたかったのですが、
夫と意見が合わず、試験用紙を貰って溜まっています。
PTAは、一回はお役に立とうと思ってやりましたが、
あとから「子どもが行けてないのだから、頑張らなくてもよかったな」と、なんとも言えない複雑な思いがありました。
その後も、PTA会費は一応払っている状態です。
不登校を経験して
私の中の当たり前だったことが覆り、
学校の意味やあり方を見直す機会となりました。
勉強の優先度は相当下がり、
どうやって生きていく力を子供が身につけられるかを常に考えています。
傾聴勉強会には、これまで5回参加しました。
聴くときは、話の内容ではなく感情を感じ取ること、
それにようやく慣れてきたように思います。
これを子どもに対してできること、が私の課題です。
数分間であっても話して聴いてもらえること、
みんさんから感情やニーズのフィードバックや具体的な対応アドバイスをもらえること、
そして安心できる場にいられることで、心が満たされます。
学校の意味やあり方を見直す機会となりました。
勉強の優先度は相当下がり、
どうやって生きていく力を子供が身につけられるかを常に考えています。
傾聴勉強会には、これまで5回参加しました。
聴くときは、話の内容ではなく感情を感じ取ること、
それにようやく慣れてきたように思います。
これを子どもに対してできること、が私の課題です。
数分間であっても話して聴いてもらえること、
みんさんから感情やニーズのフィードバックや具体的な対応アドバイスをもらえること、
そして安心できる場にいられることで、心が満たされます。
目標ができました
傾聴勉強会の他、コミュニケーションの勉強にも参加し、
勉強することは発見がたくさんあり、知識をつけることが楽しくなりました。
そして、普段自分がいかに無意識に会話しているかを思い知らされています。
子どもの味方であること、
子どもが生きていくうえで指標の一つとなれるような、
背中を見せていきたいと思っています。
そのために、まだまだ学びたいし、
私自身が自分のニーズをわかって過ごせるようになりたいです。
勉強をはじめてからしばらく経ち、一緒に勉強している仲間にも親しみを持てるようになりました。
私たち、頑張ったよね!と仲間と言い合える日がくることを、長い目で楽しみにしています。
勉強することは発見がたくさんあり、知識をつけることが楽しくなりました。
そして、普段自分がいかに無意識に会話しているかを思い知らされています。
子どもの味方であること、
子どもが生きていくうえで指標の一つとなれるような、
背中を見せていきたいと思っています。
そのために、まだまだ学びたいし、
私自身が自分のニーズをわかって過ごせるようになりたいです。
勉強をはじめてからしばらく経ち、一緒に勉強している仲間にも親しみを持てるようになりました。
私たち、頑張ったよね!と仲間と言い合える日がくることを、長い目で楽しみにしています。
